久しぶりに袋羽神社に行く 
                                            2013年3月28日

 袋羽神社(ほろはじんじゃ)

 毎年恒例春の巡業に出かける。第一の目的は中野のひな市なのだがついでにいろいろとまわるのが春の巡業である。今年の巡業は和歌山電鐵のニタマに会うことから始める予定であったが、勤務定休日のため、以前からの懸案であった私用で福井県三方上中郡の若狭町役場に行くことから始まる。一日がかりでじっくりと思っていたが思いの外順調に琴は進みまだ時間があったので久しぶりに福井市内にある袋羽神社に行くことにした。
 以前報告した時には袋羽神社を「はごろもじんじゃ」と表記した。どこでこの読み方を見たのかはよく覚えていない。今回は袋羽神社「ほろはじんじゃ」の表記をする。
    ※「ほろは」と書いて「ほろわ」と読むようである。
 ところで「ねこれくと」でなぜ袋羽神社かというと、ここには招き猫の絵馬があるのである。さて出発しよう。

道の駅『河野』より越前海岸を臨む

 越前海岸をながめてから、福井市内へ向かう。前回の訪問はナビもなかったし、住所の控えもなかったので記憶に頼っての訪問だった。こういう時はカーナビは楽である。でも道を覚えなくなる。
 あまり天気もよくなく、夕暮れも近いので急ぐことにしよう。

 この神社は参拝者用の大きな駐車場があるので便利だ。平日なので参拝者もあまりいない。時々やってくる参拝者は近所の方のようだ。桜がちらほら咲いてはいるがまだ花見にはちょっと早い。とりあえず本殿に参拝。正式には神明神社で目的の袋羽神社はその境内にある。

 参道入り口    神明神社の由来
 右が神社の駐車場  参道を行く  神明神社本殿

 本殿の裏にある袋羽神社に向かうが・・・・。あれ?向こうに行けたはずだが行けない。神楽殿は以前もあったはずだが通路が間にあるため向こうに行けないのである。いろいろ歩いてみたがここから行くのは無理のようである。
 仕方なく一旦境内の外に出てぐるっと回る。しかしない!どこへいった!近くにあった駐車場案内板を見ると確かに元あった場所にはそれらしきものはない。しかしよく見ると社務所前に合祭殿がある。

 ここに袋羽神社があったはずだが・・・・  案内板では神楽殿の一部になっている
 古い社殿はアーカイブスへ

「旧袋羽神社の招き猫絵馬」
旧社殿の画像を大きくしてアップしました





 
   新しい神楽殿になっていた  

 またぐるっと回って本殿前に戻り見渡すと何やらそれらしい社殿が2つ。ひとつはけっこう派手な色彩だ。
       

 さてどれが目的の袋羽神社でしょう   パノラマ写真は画角約270°
   
  横長なので2分割して掲載しています
                 
                                                      上の画像の狛犬の続き


 ありました。神楽殿などの建て替えのためこちらに移動したようだ。
 袋羽神社は単独の社殿ではなく稲荷神社と恵比寿神社との三社を祀る合祭殿となっている。なぜか社殿の額には衣羽神社となっているのである。絵馬も同じで衣羽神社となっている。このもしかすると「はごろも」と読んだのは衣羽を羽衣と勘違いしたのかもしれない。
 早速中に入る。三社の絵馬が置いてある。それぞれセルフサービスで五百円を入れていただく。前回は社務所で受け取った。

 ちょっと派手なこの社殿が三社合祭殿   奥の建物は仁愛女子高校
 奥は高校    奥は社務所
 
 社殿入り口  夜泣きのお参りにはこの中にニシンを奉納するらしい 
 三社の絵馬  恵比寿神社と稲荷神社の絵馬  
 
 衣羽神社の絵馬  三社の絵馬が混ざって掛けられている  招き猫絵馬
 
   聖徳太子は太子堂の絵馬か?  

 衣羽神社(えばじんじゃ)の表記はどうしてか?今度社務所で聞いてみよう。招き猫絵馬のデザイン自体は今までと変わっていない。なぜ猫なのか?
 神明神社の解説を見ると次のようになっています。

袋羽神社「猫塚さん」
 古くは「正保二年(1645年)三月吉祥日施主川澄角平興勝」の銘あり、
天保・弘化の頃より庶民の信仰得て所願成就の奇瑞あり
 「袋羽大神」は妻に化けた猫退治をした川澄角平が願を掛けた郷里、
結城の産土神、袋羽神を拝えて建立したものと伝えられている。

現在は「猫塚さん」の名で親しまれ、子供の夜泣き平癒に霊験があり、
鰊を供え、絵馬を掲げて子供の無事成長を祈願する人の参拝が絶えない。
                             神明神社社務所
 夜泣き平癒祈願絵馬 初穂料 五〇〇円

 なお、以前紹介した袋羽神社の由来や化け猫伝説についての
詳しいサイトは現在リンクが切れています。

 もともとは化け猫であったが、現在は猫塚さんとして親しまれているようだ。

 三社同祭殿のとなりには太子堂がある。円形の凝ったつくりの小さなお堂である。入り口付近が新しいのは最近補修したのだろう。

 こちらは太子堂    いたみが激しくなってきたので昭和52年から覆舎に収まっている 太子堂由来 (大きい画像を見る) 
 仁愛女子高等学校は明治31年創立者の禿了教により
聖徳太子の和の精神に基づいた女子教育をおこなうために
創立したとのことだ。
太子堂と関係があると思ったのだが太子堂自体は
平岡山祥光寺に
明治34年に建築職人が
信仰する聖徳太子を祀る円堂として建立された。
昭和23年の福井地震で倒壊後、昭和26年にここに移築され、
昭和52年からいたみ防止のため覆舎に入っているようだ。
高校とは直接の関係はなさそう。

なお、平岡山祥光寺は調べてみたが
現時点では詳細不明。
 
    針塚があった
 社務所  本殿  手水舎
 左が本殿、右が神楽殿  神楽殿  いろいろ多角的にやっている
 
 高校側から    

 ちょっと近所を散歩する。となりの神明公園内に座像があった。前回はなかったものである。平成18年に設置された当地の藩士、中根雪江(なかね せっこう)の像だ。なぜここに座っているかというと、すぐ向かいに中根雪江旧宅跡があるからのようだ。次に行った時は訪ねてみよう。

   
 桜の開花はあと少し    
 「(財)歴史の見えるまちづくり協会」
により
平成18年3月に設置
前回行った時にはなかった。

なぜここにあるかというと
道を隔てた近所に

中根雪江宅跡があり碑が
建っているのだそうだ。

説明を拡大する
 中根雪江(なかえ せっこう)
文化4年~明治10年(1807~1877)
幕末の福井藩士
第十六代福井藩主
松平春嶽(しゅんがく)の
補佐をして
藩政の改革をおこなった。
春嶽が幕政に進出した際には
参謀となった。

中根雪江に関してはこちらが詳しい
福井県商工会議所
ふくい 歴史の見える風景
「中根雪江宅跡」
 
   となりの神明公園にあった中根雪江像
 福井市の開花宣言は
福井県福井市豊島2丁目の
福井地方気象台敷地内にある
標本木の桜(ソメイヨシノ)が
もとになっているそうだ。
 
   福井市の開花宣言は3月29日だった  

        
 ゆっくりしていたらもう5時半に近くなっていた。明日は金沢の図書館で調査。風呂にも入りたいし、今日はここら辺で一泊することにしよう。

神明神社

福井県福井市宝永4丁目8−1  

駐車場は9:00~17:00まで開門
絵馬は合祭殿でセルフサービスになっている

2003年の訪問記へ 

アーカイブス
「旧袋羽神社の招き猫絵馬」
旧社殿の画像を大きくしてアップしました



 来るときに見かけた鯖江のビジネスホテルに行ってみることにした。薄暗くなってきたので越前海岸の温泉に行く。
 予定通り、鯖江に泊まることになった。春の巡業一日目終了。