羽織招き猫裏書きの謎

 当HPのねこれくと写真館「おたずね招き猫」の中に名古屋の骨董市で手に入れた羽織招き猫があります。その裏書きが「かみのつくりもの」で有名な松風直美さんの協力で解決?しました。そもそもなぜ松風さんが解読したかというと、たまたま松風さんのHPを見ていたとき、プロフィールの趣味に古文書解読とあったので、これはもしかするとということで解読を依頼したのでした。
 この招き猫の裏書きは以前からHPに公開していましたが、招き猫自体は今回が初公開です。かなり彩色は落ちている部分が多いのですが、顔など白い部分にはキラ(雲母)が入っています。着物の緑は緑青を使用していると思われます。特に招いている左手の羽織の袂などは他に例を見ないほどしっかり作り込んであり、型抜きが大変であったろうと思います。この招き猫には箱がいっしょに付いてきました。何かの転用と言うよりおそらく招き猫にあわせて作ったのではないかと思います。組み立ても鉄くぎを使わず竹釘を使っていますが、後から手を加えた形跡もあります。ガラス戸のガラスは新しく入れたものと思われます。
 この手の猫は現在を除けば、大阪方面でよく見られる。入手は名古屋の骨董市だったが、出店業者は京都であったことからも初辰猫との関連が予想されます。
 

     
裏の墨書き   正面   裏面
招き猫のプロフィール
大きさ 100mm(横)×60mm(奥行き)×110mm(高さ)
羽織は黒で右前と左後ろに紋らしきものがある。目は黄地に黒の瞳が入っていた。着物は緑で襟元や裾に黄が入っている。左手は手のひらの湾曲や指も再現されていてなかなか凝った作りになっている。


裏書きが解読されるまで
 以下解読ができるまでの松風さんとOROROのメールのやりとりを松風さんの承諾を得て掲載します。なお、直接この裏書きと関係ない部分は表記がなくても省略している部分があります。
 青字は松風さん、黒字はOROROのメールです。


                【略】
 ところでお願いがあります。HPの自己紹介を見ていましたら、趣味に古文書の解読とあるではないですか。これは渡りに猫。お時間がありましたら、ぜひ私の招き猫の裏書きを解読してください。古文書解読は自分でも少し勉強してみたいのですが、未だ手つかずの分野です。
 なお、問題の裏書きは私のHP「ねこれくと」の次の場所のNo5羽織招き猫の裏書きがそれにあたります。ちょっと画像が小さいかな?よろしくお願いいたします。
                                          


                【略】
 さて、問題の裏書ですが… 私でお役に立てるのでしたら読ませていただきますよ。まだまだ趣味の域を出ない解読なので、きっちり読めるかどうかはわかりませんが(~_~;)できましたら、もう少し大きな画像をお願いできますでしょうか?添付ファイルで送っていただければ結構ですので。もしくはプリント写真の郵送でも。HPのものですと、ちょっと筆の運びとかが読みづらいので。
 この裏書、多分明治25年6月1日に書かれたものと推測します。元号が読み取りにくいのですが、20年以上続いている元号というとそう無いので…今の所そう見えますが、画像が変わればまた違ってくるのかも…。
 ということで、どうぞよろしくお願いします。
古文書解読は、ぜひやってみてください。面白いですよ。なんといっても日本語だし(笑)英語よりは簡単かと…(~_~;)ゞ
それでは写真お待ちしています。                 松風直美


こんにちは。
裏書の解読、なかなか遅くなっちゃってまして、すみません。前半はカンタンだったのですが、後ろ半分がけっこう難しくてちょっと悩むところもあり…
初心者の私が無理やりこうだろうと解読するよりは、月末に古文書の会がありますので、その時にベテランの方々にも見ていただこうかと思っています。
もう少し待っていただけますか?             松風直美


【 この間2回、古文書解読に関してのやりとりがあるのですが、直接関係がないので省略】


こんにちは。遅くなりましたが、招き猫の解読がようやく終了しました。
内容は、
「 明治廿六年   めいじにじゅうろくねん   1894年
  第六月壱日   だいろくがつついたち
  藤村半二郎   ふじむらはんじろう
  観音参詣    かんのんさんけい    」

明治26年6月1日に、藤村半二郎という人が、どこかは判りませんが観音参りをされた時に、記念の品として購入されたものではないだろうか、という事でした。
一応写真も添付させていただきます。
こんな感じですが、いかがでしょう? 了解していただけましたか?それではどうぞよろしくお願いします。
これからもステキなコレクションしてくださね。コレクションするだけではなくて、その時代を知ろうとなさってるのがスゴイと思います。がんばってください。
                              松風直美


 ありがとうございました。これで長らくの疑問が1つ解決しました。もっとも、この観音とはどこの観音なのか、どのようないわれのものなのか(住吉の初辰と関係があるのか)など新たな疑問も出てきました。 まだまだやることはありそうです。
 私の今年の課題は「拓本」と「古文書判読(解読まではいきそうもないので)」となりそうです。これからもいろいろと教えていただくことがあると思います のでその時はよろしくお願いいたします。古文書解読の会の皆様にもよろしくお伝え下さい。
 春には谷中の猫町にもうかがわせていただきます。


住吉の初辰とは…?
 実は最後の行、研究会内でも意見が割れまして、「観音参詣」と「住吉参詣」のどっちかだろうということで…
 最終的には、先生に尋ねたら「この文字なら観音でしょう」ということになりましたが、もしこの猫のゆかりの地に「住吉」という宮があるのなら「住吉参詣」の方が正しいかもしれませんね。
 直接やきものの裏にかかれているということで、字がちょっと住吉らしくないということなのかもしれません。
では。                         松風直美


 またまた新展開になるのでしょうか?住吉の初辰とは大阪の住吉大社の中にある楠くん社(くん:王に君と書く)で授与されている招き猫で毎月最初の辰の日に商売繁盛を願ってお参りをするのだそうです。
 この招き猫に似たものはないかと郷土玩具館などをいろいろ見学をしたのですが、やはり大阪で製作されていた土人形に型が似ているように思いました。また他にもこのような羽織姿の招き猫は最近を除けば、大阪以外では見あたらないのでまずこの方面の招き猫であることは間違いなさそうです。
 もしかするとやはり現在も続いている『初辰参り』の授与品(あるいはかつては楠くん社のまわりでも何軒か招き猫を売っていたらしい)のご先祖の可能性もでてきました。


なるほど、そうですか。では明治26年6月1日が辰の日ならばばっちりな訳ですね。
暦かなにかで調べられるのでしょうか?…こういうことはやったことがないので、判らなくて申し訳ないのですが、お調べになったら面白いでしょうね。
私も勉強になりました。古文書は解読できて、その背景も判ってくるととっても楽しいです。
それではまた。                     松風直美


 こんにちは。以前は裏書きの解読ありがとうございました。その後、いろいろ検討してみるとどうも住吉の初辰猫ではないかという気配が濃くなってきました。今度、郷土玩具の専門家に人形を見てもらおうかと思っています。
 また、ご指摘いただいた明治26年6月1日が辰の日かどうかということですが、実はすでに調べて新暦でも旧暦でも残念ながら辰の日ではないことがわかっています。残念です。しかし今でも確かに月初めの辰の日はにぎわいますが別に辰の日にこだわらなくても毎月1回何事もなく(これが難しいのですが)48ヶ月続けて集めていけばよいので、今でも辰の日以外に授与されている方の方が多いのではないでしょうか。ましてこのように大きなものはどう見ても毎月買って並べていくものとは考えにくいので、この藤村さんは何かのおりに参拝して記念品として買ったと考えた方が自然です。結論はもう少し先になりそうです。
                    【略】


こんにちは。今日はこちらは雪もようです。
メールありがとうございました。
そうですね、「観音」よりは「初辰」の方が、内容としても『らしい』ですね。昔の旅日記など読んでましても、訪れた先は必ず判るように書かれているようですし。例えば単なる「寺」ではなく「善光寺」などと書かれますから。
専門家の方に見てもらって、はっきりするといいですね。結果、わたしも楽しみにしています。               松風直美


これからの課題
 問題の裏書きの最後の行は「観音参詣」なのか「住吉参詣」なのか。もし住吉なら明治初年ころから行われているという住吉で猫を買い求め神棚に祀る風習が始終発達(四十八初辰)に発展していく明治三十年前後に重なるわけで、その素性に興味は尽きません。