ねこれくとアーカイブズ

       谷中SCAI  THE BATHHOUSE     (スカイ・ザ・バスハウス)の眠り猫


 1997年、“上野と谷中をアートで結ぶ”構想のもと立ち上がった『アートリンク 上野-谷中』の第1回は7つの団体と12の企画で開催された。その中心企画となったのが赤瀬川原平と中村政人による「眠れる森の美術」展。なぜ眠れる森なのかはここでは触れない。
 その「眠れる森の美術」展では赤瀬川原平は谷中にあるギャラリー、スカイ・ザ・バスハウスで「今日は猫の日」と題した個展を、中村政人は上野の森美術館で「美術と教育」をテーマとした展示を同時に開催した。
 赤瀬川は、谷中は猫的な感触の町ということで猫の写真を並べることにした。会場はかつて柏湯という歴史のある銭湯であったが、銭湯廃業後1993年に現代アートを発信するギャラリー「スカイ・ザ・バスハウス」となった。赤瀬川は猫の似合うこの会場で写真を中心とする展示をおこなった。そして使われていない煙突に巨大な猫を乗せた。これが今回紹介する「猫日和」の眠り猫である。高い煙突の上の猫ということで目立ち、当時大きな反響を呼んだ。

 この巨大眠り猫に関してはネット上でも意外に情報が少ない。猫ファンとしてはかねてより記録に残しておく必要性を感じていた。
 1997年という時期はまだインターネットが普及していない時期であり、デジカメもそれほど一般的ではなく性能面でもまだ発展途中のものであった。そこらあたりが情報量の少なさに繋がっている可能性がある。  
 本来もっと早くアップする予定であったが先の通り情報量が少ないのがネックになっていた。後日、上野の森美術館発行の赤瀬川原平・中村政人の個展のカタログを見つけたが、当時通勤途中にあった上野で美術館に行くとフェルメール展(2018)でとても入館できる状態ではなかった。その後新型コロナの拡大でまったく手つかずのままとなっていた。今回カタログを入手でき、画像の掲載許可も確認できたので久しぶりに編集するに至った。 
 ちなみにスカイ(SCAI)とは現代美術の企画や売買をおこなう(株)白石コンテンポラリーアート、SCAI(Shiraishi Contemporary Art Inc.)の略とのこと。 

 まずなぜこの猫を知ったかということであるが、赤瀬川原平が連載していた「ゴムの惑星」という天文エッセーである。現在も発行されている『天文ガイド』(誠文堂新光社)に掲載されていた記事を見て行ったものと記憶している。赤瀬川原平と天文雑誌は何となく繋がらないと思われるかもしれないが、氏は天文少年で同好会にも所属していたのである。「ゴムの惑星」は所属していたロイヤル天文同好会の会報の名称でもあった。単行本となっているが発行が1995年で年代が合わない。天文ガイドは全巻所有しているので確認してみよう(後述)。
 私自ら撮影した画像も少数残っている。先に言ったように民生用のデジカメの黎明期でまだ38万画素の時代であり、フィルムカメラには到底及ばないレベルであった。手元にある画像はフィルムカメラで記録したプリントをスキャンしている。     


赤瀬川原平「今日は猫の日」展

赤瀬川原平「今日は猫の日」展

       1997年10月10日~11月3日


 谷中の街は猫は有名である。朝倉彫塑館ではでは愛猫家の朝倉文夫の猫を多数見ることができる。永久寺には榎本武揚が仮名垣魯文に贈った山猫の墓(碑)もある。谷中霊園には猫が多い。最近は谷中銀座あたりにたくさん木彫猫がいるようだ。路上観察学会を立ち上げた赤瀬川原平なら谷中だから猫という発想も頷ける。

 自ら撮影したこの数カットの画像の前には酉の市が写っている。この年(2007)の酉の市は11月3日、15日、27日と三の酉まであった。眠り猫を見た後、谷中墓地で猫を撮影し、そのときの墓地のイチョウは見事に黄葉している。さらにその後には浅草羽子板市(12月17日~19日)が写っている。一の酉の日は展示の最終日である。撮影したイチョウの様子から見ても12月初旬あたりだろうか。”アートリンク上野-谷中”の第1回目の会期は10月10日~11月3日である。どうも「今日は猫の日」の個展が終了しても猫はしばらく煙突の上に鎮座していて、会期後に行って撮影したようである。天文ガイド12月号の販売は11月5日なので会期の後になる。かすかな記憶では眠り猫は常設されていると思い込み見に行ったのかもしれない。


これが煙突の上の眠り猫『猫日和』  
元銭湯の煙突上で眠る猫

当時はデジタルカメラ導入の
直後であったが、

まだ記録用としては役不足であった
これはフィルムカメラで撮影した画像だが
あまり長い望遠レンズがなかったので
このようなものとなってしまった

周囲の道を歩きながらよく見える場所を
探したものと思われる。
現地の道は狭いので撮影場所は
限定されていたと思われる
読み取りづらいが台座の文字は
「猫日和」
のぼりはまだ残っているのか?
撮影位置が少し変わると
周囲の映り込みがかなり異なってくる
唯一の裏側からの画像
台座に「G.Akasegawa」のサインが
読みとれる

当日の天気はよかったようである
煙突はかなり劣化しているのがわかる

やはり谷中には猫が似合う  
年によって多少変わるが、
イチョウの黄葉や葉が少なくなっている
ことから12月初旬あたりか

谷中には猫が似合う
谷中墓地で遭遇した猫
存命なら30歳!無理か


                                          

煙突にあがった猫  
その後、上野の森美術館で入手した
パンフレットにより詳細がわかってきた

すべて「眠れる森の美術」展」パンフレットおよび
「アートリンク上野-谷中 1997-2014アーカイブ」より
(財)日本美術協会・上野の森美術館の承諾を得て掲載

著作権の問題もあるので画像は画質を落としています

設置前の「猫日和」(左)
バスハウス内は様々な猫の写真展になっていたようだ
布にアイロンプリント(右)
紙にカラーコピー(左)
布にアイロンプリント(右)
自転車はいろいろな会場を回るために準備された貸し自転車か?
バスハウス内に展示された1/50の縮尺の模型
「空有り」ののぼりはひるがえらせるため、
テグスで浴場の高い天井に繋がる
発砲スチレン製なので軽い(左)
このあたりの建物はなくなっている
煙突につり上げられる眠り猫(右)
  となりの大行寺の墓地から
眠り猫は運び込まれた
墓で眠っている故人は
さぞ驚いたことだろう
大きさは2メートル程か?
表面は張り子の様に補強されていたらしい

「眠れる森の美術展」表紙より
(上)
  親方(下)と弟子(上)によってつり上げられ設置される眠り猫
猫の尻尾側に「1997.10」の個展開始の年月が入る

天文ガイド発掘
 気になるので見学に行く発端となった天文ガイドを書庫から発掘した。1997年12月号だった。赤瀬川瀬川原平の天文エッセー「ゴムの惑星」の『お巡りさん!猫がエントツに!』であった。この連載は71回目で、単行本の「ゴムの惑星」(1995)にはまだ掲載されていないと思われる。

 眠り猫は20kgの発泡スチレンでできていて内部をくりぬき軽量化を図っている。おみやげ用の小さな眠り猫を参考に業者に発注したもの。設置はエントツ職人の親方と弟子でおこなわれた。「眠れる森の美術展」のパンフレット表紙に写っている二人が煙突に登っている画像もあるのでエントツ職人と思われる。
 上から下がっているのぼりはピンクのサテン地で10m程の長さがありタオルをイメージしているようだ。書かれている『空有り』は『(そら)有り』と読むのだそうだ。天体好きの赤瀬川原平らしい。会場内の1/50の模型にものぼりがある。これはテグスで元銭湯の高い天井に繋がっており、途中で見えなくなる。その消えた先で天井を抜けて、実際の煙突の上の眠り猫まで繋がるイメージのようである。
 事実かどうかは不明だが、バスハウスの向かいの谷中交番に近所の住民から通報があり、このエッセーのタイトルのようになったようだ。  




撮影地点はどこか?
 あらためて自分で撮影した画像の撮影地点が気になってきた。この界隈は狭い道が多いのでたとえ煙突の上といっても撮影ポイントが限定されてしまうのである。実際にストリートビューでたどってみても、道路から見上げると視界はよくない。画像の中には電線やアンテナなどが写り込んでいる。パンフレットの中の画像も同様である。

                          スカイ・ザ・バスハウス       

ストリートビューで煙突を探してみた
現在見られる過去の画像では
2009年11月が一番古い画像だった
次の2013年では煙突は短くなっている

現在(2023)のストリートビューでは
短くなった煙突が確認できる
ストリートビューより(2009年11月)大行寺北側より    
左の建物が愛玉子の店。



※愛玉子(オーギョーチイ)とは
台湾のスイーツ
ストリートビューより(2009年11月)愛玉子脇の路地より  
年月がたってしまうと
撮影場所の記憶もはっきりしなくなる
手元にあるわずかの画像から
ヒントを探すと煙突の向こうに見える
らせん階段のある白い建物と
手前にある煉瓦色の建物が
キーになりそうだ

遠くの白い建物は言問通りの
上野桜木交差点近くにある
中銀上野パークマンシオン
(誤記ではない)と判明
手前の煉瓦色の建物は
スカイザバスハウスのある交差点から
都道452号を北に三軒目の
個人宅と判明
煙突との位置関係から
だいたいの撮影位置がわかる
その結果、大部分の画像は
谷中墓地のはずれ付近から
撮影したものと推定される

眠り猫の裏側の画像は
愛玉子脇の路地あたりからの
可能性が高い
これに関しては
まだ検討の余地がある



左航空写真
Googleマップより


 その後あまりこのあたりは行くことがなかった。今回上野の森美術館で対応していただいたアートリンクの元実行委員長も務めたSさんによれば、老朽化した煙突は短く切り詰められてしまったようである。たしかに航空写真で見ると煙突は確認できるがストリートビューでいろいろな角度から見ても短い煙突しか見えなかった。さらに残念なことにその後、眠り猫はどうなったかは不明とのことであった。


 ちなみにアートリンクのロゴは三毛猫をモチーフにしているのだとか。

アートリンクロゴ  
1999年製のロゴ
鈴木真梧作
(アーティスト・グラフィックデザイナー)

1997年にはまだこのロゴはなかった
2009年リニューアルされたロゴ
鈴木真梧作

耳ができた

初代のロゴとは大きく変化していない
これは作者の鈴木氏によれが
10年間にわたって
染み渡って認知されてきたロゴを
さらにこれから育てていくために
極力イメージを変化させずに
強固にしていくためとのことであった


 残念ながら先にも書いたようにこのねむり猫に関しての情報はきわめて少ない。自分で撮影した画像も数は少ない。しかしこのようなことがあったということを地道に記録しておくことも大切だと考えている。けっこう話題になったということで新聞にも掲載された可能性がある。また台東区などの地域の広報誌などに紹介された可能性もある。なかなかそこまで探している時間がないが気になるので時間のあるときにやってみようかと思っている。


                                        




 興味のある方は下記の文献を参考にされたい。左2点は上野の森美術館で入手可能(2023.5現在)

 参考文献
    「眠れる森の美術」展 赤瀬川源平&中村政人  (上野の森美術館 1997 ((財)日本美術協会・上野の森美術館)
    アートリンク上野-谷中 1997-2014アーカイブ  (アートリンク上野-谷中実行委員会 2015 アートリンク上野-谷中実行委員会)
    天文ガイド1997年12月号 vol.33 no.12  (誠文堂新光社、1997 誠文堂新光社)