春だ、桜だ、招き猫
=^・^= 西方寺へ行く
 今年は異常に早い桜の開花宣言で陽気につられて1年ぶりに道哲(西方寺)の招き猫を見に行ってきました。
 関東大震災前まで浅草吉原の近くにあった西方寺は招き猫のゆかりの寺社の紹介では必ず登場する場所です。現在は西巣鴨に移転していますが、実は私の職場から歩いていける、ひじょうに近いところにあります。
 『ここ寺の猫とのかかわりは江戸時代も中期にさしかかる1700年代ころ(薄雲が亡くなったのは享保6年:1722年)、吉原の花魁薄雲太夫が三毛猫をかわいがっていた。しかしその猫は片時もはなれず、猫に見入られたと不気味に思った薄雲のお抱え亭主が猫の首をはねたところ、その首が厠の下に飛んでいき、そこにひそんでいた大蛇に噛みつき退治した。人々は大蛇から薄雲を守ろうと離れずにいたのだろうと噂し、絶命した猫は薄雲によって道哲に納められ、その時に猫塚が立てられたという。』
 西方寺は弘願山西方寺といい、もともとは先に書いたように吉原の近くの日本堤にありましたが、関東大震災で消失した後現在の場所に移りました。この招き猫はいつごろ制作されたかはわかりませんが、かなり風化しているので時代は立っていると思われます。おそらく巣鴨に移転したころ(あるいは日本堤からもってきた可能性もある)のものではないでしょうか。日本堤にあったときは先に書いたように薄雲(実在の人物)が奉納したと言われる猫塚があったそうですが、現在の巣鴨には招き猫が1匹いるだけで由来等の表示は一切ありません。西方寺は表から見ると小さいのですが、奥行きがあります。問題の招き猫はその門の上に鎮座しており、招き猫ファンでないと見逃しがちで、案外近くを通っても気が付かない人が多いかもしれません。
 下の写真のうち、中段の4枚は昨年(2001年)の4月8日に撮影したもので、それ以外は今年(3月23日!)撮影したものです。この石造りの招き猫は正面からの写真はよく紹介されるのですが、後ろ姿はどこでも紹介された記憶がないので今回紹介しておきましょう。招き猫のしっぽ好きの=^・^=としてはすぐ後ろにまわって確認してみたくなるのです。


   
 
新しい門にはちょっと不釣り合いな風格

  浄土宗の寺です

  
   よく紹介されている写真はこの方向から


     
手が頭や体とぴったり付いているものが多い中、手と体の隙間から
むこう側が見えるものは珍しい
  以外に太い尻尾

     
 大きな鈴

  縮緬の首輪の結び目

 縮緬の太いひもに大きな鈴は昔の猫の典型的なおしゃれです。

     西方寺  東京都豊島区西巣鴨4−8−48