趣味の百猫 新リスト

趣味の猫 百種新リスト  調査続行中
 
 しばらく目呂二の百猫から離れていたが、その後不明だった#1〜20の産地も判明してきた。また木通庵保管資料の中から目呂二のメモも見つかり目録のなかった#1〜20もわかってきた。しかし、あらためて作品を見ると??となる部分も見えてきた。そこで今回は久しぶりに趣味の猫百種の再考察をすることとなった。
 再考察をおこなうにあたり、冗長となってしまった「趣味の百猫」は資料としてそのまま残し、あらためて新リストのページを立ち上げた。旧資料と合わせて見ていただきたい、一覧表にするため画像は小さいのでいずれ大きめの画像で再構成してみたい。

 人形の底面には漢数字でナンバーと肉球印が押してある。このナンバーについて、以前からいくつか問題が発生していた。同じナンバーが別の人形に割り当てられていた問題である。
 縮尺に関しても疑問が多い。手元にある現物は#97の1点しか所有していない。これもしおりの縮尺を適応すると1mを超える大猫となってしまう。妥当な縮尺と思われる猫もあるが、縮尺に関しては参考程度にしておいた方がよさそうだ。
 産地に関してもいろいろと問題がある。これは目呂二だけの問題ではないが、当時蒐集家の元には多くの同好の有志から猫が贈られていた。目呂二は記録をよく残しているのだが、制作場所なのか購入場所なのかはっきりしないことも多い。これは川崎巨泉の収集品についてもいえる。
 目呂二の百猫の産地に関しては購入場所も混在している可能性がある。旧痴娯の家コレクションに関しては岩崎氏が独自に産地を墨書きしている。これは膨大なコレクションを所有し、自らの足で買い求めた岩崎氏ならではの見解で特に#1〜20の産地に関しては参考となる。

 産地に関して例えれば百猫には入っていないが豪徳寺の招福猫児は今戸や多治見、瀬戸などで制作された。この産地を「豪徳寺」とするか「今戸」などの制作地とするかのようなものである。住吉の初辰さんも地元住吉で制作されたものもあれば伏見製もある。今後どのように扱っていくか検討が必要である。
 また廃絶してしまった人形に関しては資料も少なく、はたして猫の人形を作っていたのかもわからない所もある。特に三河系に関しては産地不明が多い。九州方面も検討を要するものがありそうだ。今後の資料発掘が必要である。

 現在(2024年10月)時点で書籍により百猫が掲載されているのは「ねこの先生 目呂二」(荒川千尋 2010 2024改訂)と「猫じゃ猫じゃ展」(那珂川町馬頭宏重美術館 2014)くらいである。ただし前者はどこの人形か産地などは掲載されていない。したがって今後その産地等の解明が必要となってくる。

趣味の猫百種 目録(配布時添えられていた)
 目録1〜2   目録3〜4   目録5〜6   目録7〜8  目録9〜10
    ※目録1〜2は欠品のため表の産地と縮尺は目呂二直筆日記より
   
まねき便り(趣味の猫百種添付しおり)
 まねき便り1   まねき便り2   まねき便り3   まねき便り4   まねき便り5 
 まねき便り6  まねき便り7  まねき便り8  まねき便り9 まねき便り10
  まねき便り1〜2は欠品であったが、そのうち2のコピーを岐阜のNサンよりいただいた


趣味の猫 百種一覧改訂版新リスト (Nコレクション:元三田平凡寺所蔵品を中心に見る百猫)
  ※縮尺の#1〜20および#31〜40の黒字は目呂二直筆日記にある縮尺  目録と縮尺に違いがあるのは制作時に変更された可能性があるが詳細は不明
  趣味の猫 百種  (一覧) 
通し番号 産地 縮尺         備考 目呂二の記録あるいは関連画像
住吉

伏見?
1/5     住吉

痴娯の家コレクションからNコレクションへ
確認された#1の個体数の多さからこの招き猫が#1と思われる
N氏より伏見人形ではないかとの指摘を受けた
かなり焼き締められた招き猫は丹嘉の作る招き猫とは趣が異なる
猫の表情も窯元?によって異なるが大きな結び目の首玉をつけている
授与あるいは頒布は住吉だが制作は住吉や伏見などが混在していると思われる
この招き猫に関しては制作は伏見の可能性が高いのではないか
「巨泉玩具帖」の猫は両手挙げだが、この類いの招き猫であると思われる
荒川(2010)
1?  住吉        ※この羽織猫が#1の個体も存在する
「一」のシンプルな招き猫は伏見人形と思われる 丹嘉の作ではないようで首玉なども後付け仕様になっている 「巨泉玩具帖」 
この羽織猫は初辰さんと思われる 目呂二の買い猫帖にも記録が残っている ※木通庵に展示されている作品は#1の表示となっている 制作初期には番号の書き間違いがあったようでこの初辰さんはやはり「二」と見るべきであろう
 住吉   1/5   伏見あるいは住吉
目呂二の記録の着物の柄や面相からこの住吉人形を元にしたと思われる
制作地として伏見人形も候補としては捨てきれない
荒川(2010)
3 済南
(中国)
1/4     
古賀
(長崎)
1/10      古賀人形
現在も制作されている古賀人形の黒猫   
名古屋  1/10    名古屋土人形

痴娯の家コレクションからNコレクションへ
 「巨泉玩具帖」  岩崎氏(旧痴娯の家コレクション)により名古屋の銘が入っている
野田末吉の招き猫か?
名古屋 1/5      三河系?  
N氏によれば名古屋にも金色の招き猫があったという。旧痴娯の家コレクション裏書きの名古屋は名古屋土人形なのか名古屋方面(三河地方)を表すのかは不明
弘前
(青森)
1/5   下川原土人形
現在も制作されている下川原土人形の鯛抱き猫
人形笛になっている 
有坂(1930) この古作に近い彩色
三条
(新潟) 
1/15  三条土人形
廃絶した新潟の三条土人形の「猫と太鼓」 三条の猫はこの一種類しか知られていない
しかし、かつて企画展で三条と表示された猫は見たことがある
独逸  1/5   
旧痴娯の家コレクションの裏書きにも ドイツとある 購入場所の可能性が高い 目録のない中でどうして岩崎氏はドイツとわかったかは不明 目呂二に問い合わせたのか?それとも目録が存在したのか? #12についても同様のことがいえる
10  仙台
 
1/10   堤人形

堤人形傍系?
鶴岡?
静岡土人形?

右 鈴木(1988)
 「巨泉玩具帖」には静岡土人形として掲載されている 平田(1996)では堤系として掲載され、、鈴木(1988)も堤として扱っている
どれも目呂二の鞠猫と同じ作品である 手元にある同作品(写真左)は鈴木のいうように雲母が使われている 中にガラが入っている
堤系と見る方が妥当と思われる だんだん型が甘くなり鞠がよく分からなくなってきている 右前足で鞠の上を抱えている 目呂二の百猫では尻尾や黒斑の中にある虎柄もしっかり再現されている
鶴岡人形ではないかとして出品されたこともあった(写真右)





宮城県の根子の森の猫神で祈願に使われた素焼きの猫も
同形の猫と思われる 
平岩(1985)
11  今戸
(寺島?)
1/8 今戸人形
今戸人形の寺島で制作された貯金玉と似ている 面相や斑の位置は目呂二の記録の猫と同じだが、前垂れの彩色は#59と似る
尾張屋(金澤)春吉作ではない      
12   ロンドン 1/5  英国
すの子の妹からもらった猫 買猫帖にもらった相手の情報はあるがどこの猫かは書いていない 痴娯の家コレクションの裏書きには英国とある イギリスは購入場所か?
13  鴻ノ巣  1/20 鴻ノ巣練り物
 埼玉県鴻巣の練り物 白物招き猫の典型的なタイプだが制作者は不明である
作者により面相や前垂れの柄は異なる
        「巨泉玩具帖」
14  瀬戸 
(愛知)
1/10 瀬戸の陶製射的人形か?
瀬戸地方で大量に作られた陶製小物招き猫 射的人形として入手した可能性がある
15  天王寺
(大阪) 
1/5  四天王寺猫門の猫
制作は伏見の丹嘉と思われる?
1960年代に丹嘉で見つかった型とは
異なる形態
浪花のおもちゃ(奥村ェ純)に詳しいが
百猫になった元猫はかなり古いタイプの
ように見える 
  有坂(1930)
16  伏見
(京都)
1/15  伏見人形
蛇腹襟のような前垂れをつけた伏見人形の招き猫 シンブルなつくりである    荒川(2010)
17  名古屋 1/3 名古屋土人形
時代を考えると栄国寺のものか?
あるいは野田家に型が移ってからの可能性もある
  「巨泉玩具帖」 
今戸人形にも同じ型があるが、
つくりから見ると名古屋と見た方がよさそうだ 
有坂(1930)
左 名古屋
右 今戸
18  弘前 
(青森)
1/2  下川原土人形
現在も制作されている下川原土人形の座り猫で人形笛にはなっていない
  「巨泉玩具帖」 
有坂(1930) 
19  静岡 1/10   清水いちろんさん
最近廃絶した静岡県旧清水市(現静岡市)の清水いちろんさんの首人形
20  常滑   1/8
目呂二の記録の中にある名古屋の招き猫がもとになっていると思われる
三河系の招き猫には間違いないがどこの作かは不明
画像左は所蔵している三河系の猫
画像右は高山土人形として展示されていた土人形
21  花巻 
(岩手)
1/10  花巻土人形

右 荒川(2010)
花巻人形でも人気のあった鯛抱え(鯛咥え)猫  「巨泉玩具帖」
現在でもほぼ変わらない形で制作されている 
花巻土人形 
22  伏見 
(京都)
1/5  伏見人形
平田
(1996)
伏見人形の小猫とみられる     「巨泉玩具帖」     現在の座り猫は
すっきりしたデザインに
なっている
23  備前 
(岡山)
1/5  備前焼  
岡山県備前市周辺で制作されている釉薬を使わず、
彩色もしない陶磁器の猫 現在も同様な猫は生産されている 
左は現在の備前焼招き猫だが
百猫と作品の色合いは
変わっていない
24 米国 1/15    お土産品か?
25  秋田  1/15  八橋土人形

右 荒川(1999)
眉毛の太い招き猫は秋田で制作されていた土人形
八橋土人形の底は凹状になるがこの百猫では平坦である 
平田(1996)
26  富山  1/12  富山土人形(右)
荒川(2010)

 富山土人形に眠り猫があるが、
八橋土人形にも同じような眠り猫がある
北前船で伝わった可能性もある
百猫の底のつくりは八橋に似る
彩色は富山に似るが
「巨泉玩具帖」八橋人形日光眠り猫 の八橋人形は彩色も富山に似る
眉の描き方や頭部の模様から目録通り富山土人形としたい
 
   八橋土人形 鈴木(1988) 富山土人形  有坂(1930)
27  埼玉 
東京?
1/5  台が蛇腹のふいご状になっている招き猫ピーピー
今戸製か?
 今戸?
目呂二の目録では埼玉とある
 「巨泉玩具帖」では佐野(栃木)とあるが
これらはどちらも購入場所の可能性がある
この手の音がする人形は他の地でも制作されていた
やはり今戸と見るのが順当か?
吉田義和作
28  東京  1/2  猫とねずみのからくり物

東京なら助六あたりだろうか
 
猫とねずみのからくり物で各地で制作されたのでどこの作かはなかなか特定できない 復元品も多く製作されている
 「巨泉玩具帖」では大阪製が紹介されている
29  支那  1/10  つくりから見るとヨーヨーかもしれない  
2つのこまがあるのでヨーヨーかと思ったが、こまの間が蛇腹状になっているようで押すと音が出る笛状のおもちゃと思われる 中国で制作されたのか購入したのかは不明
30  鴻巣 
(埼玉)
1/10  鴻巣練り物  
鴻巣で制作されていた白物招き猫  「巨泉玩具帖」 
制作者により面相や彩色が異なる
 
31  常滑

乙川
(愛知)
1/3 

(1/2)
乙川人形

右 鈴木(1988)
常滑に近い乙川で制作されていた猫負い子ども
同じ型は静岡、三河、尾張あたりでも見られる 
有坂(1928)
32  仙台
(宮城) 
1/5  堤人形
仙台の堤人形 どこの窯元かは不明 八橋土人形に堤系と称する同型の招き猫があるが
堤人形と見るのが妥当であろう
  おおさかeコレクション 「巨泉玩具帖」   
33  東京  1/5 

(1/7)
    
つくりは貯金玉になっているがどこの製品かは不明
34 パリー 1/9

(1/5)
    
35  静岡  1/3 

(1/5)
    
「巨泉玩具帖」の名古屋の土人形の可能性もあるが、猫とは目の描き方が異なる
いちろんさんで制作した静岡土人形の可能性がある 
ただしいちろんさんで招き猫を作っていたかは不明である
右はいちろんさんの静岡土人形の花魁だが垂れ目の具合が似ているような気もする
川島家で制作されていた猫とは異なるようである
36  熊本 

長崎
1/20  古賀人形  
長崎の古賀人形 「巨泉玩具帖」 現在も制作されているが背中の彩色は異なる  
37  ロンドン  1/4

(
1/5) 
しおりには倫敦とある 芦田止水から贈られた猫のようである Made in Japanの銘があり倫敦で購入か?   
38  長岡  1/5 

(1/25)
    
目呂二の記録には高崎とあるが、長岡(新潟)で購入したものだろうか? 
#67同様に伊豆長岡で購入した可能性もある
39  ベルリン  1/5

(1/20) 
  
ドイツからのお土産品として目呂二の「猫画帳」に記録されている   
40  紐育  1/3

(1/10) 
  
これもアメリカ土産だろうか?   
41  日光  1/4  眠り猫柄の糸巻き  
郷土玩具ではないが、百猫頒布会用に眠り猫柄の糸巻きを絵馬風に仕立てた作品   したがって「日光」は眠り猫の存在する場所になる
42  浅草
(東京)
1/10  今戸 丸〆猫  
尾張屋春吉の丸〆猫と思われる 今戸人形
「巨泉玩具帖」  
吉田義和作
43  花巻  1/10  花巻土人形  
 花巻のどこの制作者かは不明だが花巻人形によく見られる「かまど猫」 荒川(2010)
44  長崎  1/15      
   
45  住吉  1/2  初辰さん  
北尾製の手びねり初辰さんか?
#45は三毛猫なのでタイプとしては
上の画像の左の青い小さな羽織猫に近い 
 
46 常滑 1/5     
47  伏見  1/3  伏見人形  
伏見人形の小型の猫で巾着に乗っている
名古屋のNさんから伏見人形「欽古堂亀祐」の猫であるとご教示を受けた
猫じゃ猫じゃ展(2014)の図録に掲載されている作品と
同じ猫でニス塗りされている
欽古堂亀祐の伏見人形はいつ頃まで制作されたのだろうか?
伏見人形
欽古堂亀祐の猫
48 
(仙台) 
1/7  堤人形
  「巨泉玩具帖」    やや薄いベージュがかった下地の堤人形  有坂(1930)
49  今戸
(東京) 
1/10 
今戸焼の火入れ   目呂二作でも火入れの大きな穴が再現されている 誰の作かは不明
50  支那  1/3   
詳細な画像を見ると下の台は蛇腹状になっているようで#27と同じように音が出ると思われる   
51 住吉 1/2     
52 支那 1/3     
53 米国 1/3    これもお土産品か?
54  越谷
(埼玉)
1/5  越谷張り子
越谷張り子の#55と左右ペアと思われる   有坂(1930)
55  越谷
(埼玉)
1/5  越谷張り子
制作者は不明
56  鴻巣  1/5  鴻巣練り物
鴻巣の小物の練り物と思われる 元の猫は台のサイコロも練り物だったのか木製だったのかは不明 震災後東京から鴻巣や越谷に小物製作者が多く移り住んでいる   
57 長崎 1/30     
58 熊本 1/35 もしかしたら弓野人形ではないか?  
59  東京  1/25  痴娯の家コレクションからNコレクションへ
#11の寺島と似る今戸焼の貯金玉
面相は右の目呂二の貯金玉に似るが、
前垂れや黒斑の位置は異なる
寺島の猫はもう少しほっそりしている 
自性院の奉納品(左)にも含まれているので
昭和30年前後までは制作されていたようだ
 
60  弘前
(青森) 
1/2  下川原土人形
現在も制作されている
下川原土人形の鯛くわえ猫の人形笛 
 
61 支那 1/10     
62  九谷
(石川) 
1/90  九谷焼の眠り猫
 金沢九谷焼の眠り猫で現在も同じようなデザインで制作されている
63  瀬戸  1/2    
#14と同様に瀬戸で大量に作られた磁器の小物招き猫と思われる   
64  エジプト  1/10  猫のミイラ

右 木村(1958)
郷土玩具ではないがエジプトで作られた猫のミイラの再現     
65  出石  1/30 
兵庫県豊岡市の出石か?   出石焼という白い陶器があるがかなり雰囲気は異なる はたして出石で土人形が制作されていたのかは不明 箱に入っていたことが確認できる 紙箱入りは他に確認されていない
66  金沢
(石川) 
1/3  金澤練り物
 
金沢練り物の猫と思われる  「巨泉玩具帖」には同様の彩色の招き猫が掲載されている
67  今戸  1/9  右は別個体の底部
買猫帖の記録からおそらく伊豆長岡で購入した招き猫と思われる 
今戸製なのかは不明
今戸には同じような彩色の猫があるがまだ同定できていない
#38の長岡も伊豆長岡の可能性がある
伊豆長岡は現在は静岡県伊豆の国市にあたる
 
68  笠置
(愛媛) 
1/8      笠置焼き  
 「巨泉玩具帖」には愛媛県の笠置焼きとある    笠置村は昭和の初めには合併で廃止となり、現在は西予市になる
現在も笠置焼きという焼き物が生産されているかは不明
69 名古屋 1/10     
70  博多

佐賀 
1/85  現在も制作されている佐賀の弓野人形
佐賀の弓野人形で現在も制作されている鼠押さえ   
71 東京 1/10     
72  越谷
(埼玉) 
1/50  越谷張り子
越谷張り子の中によく見られる面相の招き猫
面相から越谷張り子の中の大沢張り子の可能性が高い
型は異なるがこの制作者(あるいは産地)と
同じ張り子と思われる
有坂(1930)
73  八王子 
(東京)
1/200  多摩張り子
 荒川(2010)
まん丸の目が百猫にも再現されている
多摩張り子の八王子(武蔵屋)か高月(沢井家)かは不明 

有坂(1930)
74  金沢  1/20  金沢張子
めんやの金沢張り子、うなずき物   現在も制作されている 「巨泉玩具帖」 目呂二は小判を咥えたタイプも所有していたようである
75  高崎  1/50  高崎張り子
高崎張り子(豊岡張り子)の招き猫で仔猫と鞠を抱く まだ前垂れはまだ控えめな時代   購入場所は高崎ではない
76 東京 1/2     
77  名古屋  1/10      
正体不明の眠り猫 退色したわけではなく石造りのような彩色で土人形であったかも不明  
78 オーストリア 1/5    これもお土産品と思われる
フィリックスは1919年(大正8年)の
誕生なので当時としては新参者
79  住吉  1/2  初辰さん 住吉神社の初辰さん
裃タイプの三毛猫  彩色の様子から百猫では
右の裃猫を
制作したと思われる
有坂(1930)
80 博多 1/7     
81 西尾 1/50 痴娯の家コレクションからNコレクションへ  
      西尾には何人かの土人形制作者がいたが誰の作品化は不明  おぼこの目に特徴がある  
82 清水
(京都)
1/60 清水人形 京都の清水参道で売られていた清水人形と思われる 縮尺は疑問がある
83 ニューヨーク 1/2    これもお土産品であろう
84  オークランド  1/20  お土産品
アメリカのオークランドかニュージーランドのオークランドかは不明 木製で伸縮自在とある元の猫を焼き物で表現 目には夜光塗料を入れた   アメリカのオークランドは日本人移民が多かったところ
85  東京  1/20  MoneyKey猫 目呂二が大正13年(1924)に
制作し販売したマネーキー猫
目呂二の創作招き猫であるが、
川崎巨泉の「巨泉玩具帖」でも取り上げられている 
マネーキー猫はサイズが2種類あるが
フォルムから百猫は
左のサイズ小と思われる
右はサイズ大

インスタグラム
目呂二ライブラリーより
86 琉球 1/25 琉球張り子  
87  富山  1/40  痴娯の家コレクションからNコレクションへ
首玉の柄はあまり見かけないが猫の右側についている大きな鈴は富山人形によく見られる   
88  横手  1/5      
横手といえば中山人形を連想するが中山人形の特徴は全くない   
89 パリ 1/5    これもお土産品と思われるが詳細は不明
90 豊岡 1/30     
91  長岡  1/50  痴娯の家コレクションからNコレクションへ  
#67の記録から伊豆長岡の可能性もある    
92 パリ 1/3     
93  伏見
(京都) 
1/100  伏見人形

右 荒川(2010)
伏見人形の親子猫
名古屋のNさんの指摘により奥村(1976)の記載から
伏見人形の狐を主に制作していた
西野梢馬作・元馬兄弟の作と思われる
実際にこのような淡青色の彩色がなされていたようだ
目にはガラスが埋め込まれていたという
有坂(1930)
94  名古屋  1/40  痴娯の家コレクションからNコレクションへ
 #20に似た虎柄の招き猫だが虎柄の描き方が異なる 上の彩色画は#20と思われる
95  米沢 

帖佐
(鹿児島)
1/20  帖佐人形
目録には米沢とある 米沢なら相良か寺沢あたりになるが
該当しそうな猫はありそうもない
武井(1930)の記録に間違いがなければ右の帖佐人形と
彩色の仕様がまったく同じである
武井(1930)  
96 博多 1/35 痴娯の家コレクションからNコレクションへ  
97  久ノ浜  1/30    
廃絶した久ノ浜人形の招き猫だが鼻の横にある黒い模様はかつて見たことがない
古いタイプかとも思ったが、目呂二のコレクションでも廃絶した当時の最終形とほとんど変わっていない
実物同様に丸い土の台に乗っている
中山人形は鼻の横に黒い斑があるが形状は異なる
前垂れの彩色も含めて久ノ浜人形としたい
  荒川(2010)
98 米国 1/10 アメリカ製の灰皿
99  今戸  1/55  今戸焼き火入れ
今戸焼の火入れで現在作られているものよりシンプルなデザイン 目呂二の百猫にも裏には火入れの穴がある      
100  帖佐  1/60    
類似作品
子抱き女
武井(1930
帖佐とあり、帖佐人形に
猫抱きがあるのかは不明
相良氏歴史民俗資料館のパンフレットには
確認されている女人形が22種あるというが
子抱き女と犬抱き女があるが、猫抱きは確認できない
子抱き女の着物の柄(桜?)は目呂二作と似ていないだろうか
同じ型で子抱きと犬抱きがあるので、立ち姿の猫抱きもあっても
不思議ではない 

右 子抱き女
有坂(1928)


左 犬抱き女
武井(1930) 
#5?
不明 
         
Nさんに指摘されるまで気がつかなかった招き猫 
荒川(2010)に#5として掲載されている招き猫だが他のコレクションでは見かけない 底部の肉球は番号も不明
高崎張り子か多摩張り子と思われる   
現在、木通庵やすの子の親族のコレクション、Nコレクション、旧痴娯の家コレクションにも含まれていない
オークションに出品された百猫の画像も探したが見あたらない 底に肉球印があるのかは不明
番号なし 何点か番号や肉球印のない人形が存在する
書き忘れと思われる
これは#1の伏見人形にあたる
          有坂(1928)は下記より
有坂与太郎 著『おもちや絵本』その5,郷土玩具普及会,昭和3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1188494 (参照 2024-10-31)

有坂(1930)は下記より
有坂与太郎 著『おもちや葉奈志』その3,郷土玩具普及会,昭和5. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1188989 (参照 2024-10-31)

※21〜100の通し番号及び産地、縮尺は添付されていた目録による(赤字部分)
 1〜20の目録画像は現在未入手(あるいは存在しないか?)で、保管されていた目呂二直筆日記による
 縮尺に関しては#31〜40を見るとかなり異なるものがある。黒字は日記の縮尺であるが、変更されたのかしおりの間違いなのかは不明 
 産地の黒字は諸情報などからの追加あるいは修正部分(確定はしていない)

 教えていただいた中で、おもしろい資料だと思われますのでいっしょにアップしておきます。目呂二の直筆日記からで決定日はおそらく制作する猫の選定とどのくらいの大きさで作成するかの結果だと思われます。最初から百猫が決まっていたわけではなく、順次決めていった様子がうかがえる。かなりタイトなスケジュールで制作されていたことがわかり、まねき便りを見ると実際に翌月に回され12体頒布された回もある。

  決定年月日   決定年月日
第1回決定日 昭和2年5月2日  第2回決定日 昭和2年6月21日 
第3回決定日 昭和2年7月6日 第4回決定日 昭和2年8月23日
第5回決定日  昭和2年9月23日  第6回決定日 昭和2年10月20日 
第7回決定日 昭和2年11月17日 第8回決定日 昭和2年12月17日
第9回決定日 昭和3年2月21日 第10回決定日 昭和3年3月3日





参考文献
ねこの先生 河村目呂二(荒川千尋、2010 有限会社風呂猫) 2024改訂
福を招く!猫じゃ猫じゃ展(那珂川町馬頭広重美術館、2014 那珂川町馬頭広重美術館特別展図録)
ネコ(木村喜久弥、1958 法政大学出版局)
郷土玩具図説第7巻(鈴木常男、1988 村田書店)覆刻版
おもちゃ通信200号(平田嘉一、1996 全国郷土玩具友の会近畿支部会報)
招き猫尽くし(荒川千尋・板東寛司、1999 風呂猫私家版)
日本郷土玩具 西の部(武井武雄、1930 地平社書房)
浪花おもちゃ風土記(奥村ェ純、1987 村田書店)
伏見人形の原型(奥村ェ純 大西重太郎監修、1976 伏偶舎 丹嘉)
おもちや葉奈志その3(有坂与太カ、1930 郷土玩具普及会)
おもちゃ絵本5(有坂与太カ、1928 郷土玩具普及会)
猫の歴史と奇話(平岩米吉、1985 動物文学会)





 Nコレクションの特徴は目録や栞が一部欠品があるもののほぼ揃っており、大部分が我楽他宗総本山である三田平凡寺の所蔵品だったところに大きな価値がある。また猫が保管されていた共箱も保管されている(当時の頒布された箱かどうかは未確認だが他にも見かけるので共箱になるのだろう。

三田平凡寺のもとで保管されていた共箱
     
箱書きは平凡寺によるものか?
第6回配布の案内



鍋ぶたとしゃもじ

 百猫には目呂二手書きの鍋蓋が百猫完了として配布された。しかし旧痴娯の家所蔵品にはもう一つ黒猫のしゃもじがあった。これは他では見たことがない。
これは蒐集家であった岩崎氏が特注した可能性がある。どちらも散逸してしまった旧痴娯の家所蔵品であった。

   どちらも1998年に沼津にあった
痴娯の家の企画展で撮影したもの
 小さな鍋ぶた?に描かれた芸者招き  しゃもじに描かれたクロネコ   

鍋蓋とクロネコしゃもじ 再び  
鍋蓋・しゃもじ共に旧痴娯の家所蔵品
したがって上の2枚の画像と同じ品である
書いてある文字はしおりによれば「満音喜」猫であるが
実際の鍋蓋では「福萬年喜」と読める
なお、右側には「猫珍奇林」の署名がある
鍋蓋には取っ手がついており、
飾れるように紫色の紐がついている
木通庵所蔵品より猫のバランスがいい

なお、鍋蓋の3枚の画像は痴娯の家コレクションが
ネットオークションに出品されたときのもので
使用許可は取れていない
ご連絡いただければ使用申請いたします

左下は名古屋のNさん所蔵品(インスタグラムより)
つくりはまったく変わらないので
この形態で配布されたと思われる

右下はすの子の関係者が保管している鍋蓋
若干、猫のポーズが異なり、「猫珍奇林」の署名のみ
岐阜Nさん所蔵品  kaikosuzua すの子関係者所蔵品
上の画像では猫のあごの縁は金色に見えるが
実際には朱である
裏面も朱で塗られ、
朱漆を再現したのかもしれない

リボンや2個ついている鈴は
制作当時のものと考えられる


その後、目呂二の関係者から
洋猫の雰囲気を持ったこの黒猫は
直感的にすの子の作品ではないか
という感想をいただいた

他でも見つかるとおもしろいのだが
当初掲載した上の画像は1998年の
企画展示で撮影したもの
まだデジカメの性能も低かった
その後、現物を入手したので
もう少し精細な画像を追加で掲載することにした
鍋蓋は百猫完成で配布されたことが記録されているが、
しゃもじに関してはまったく記録にない
しかも確認しているのはこの1本だけである


岩崎氏のコレクションは縁福猫と百猫以外に
目呂二人形も何体かいっしょに
展示されていたのを確認している
目呂二以外が制作していっしょに保管され
展示されていたことは考えにくい
そのように考えていくとも、
その当時かなりの蒐集家であった
岩崎氏が目呂二に制作注文した可能性もある



岩下コレクションに見る目呂二「趣味の猫 百種」

 新潟県柏崎市の小高い丘の上に建てられた『痴娯の家』(現在は柏崎市に寄贈移管)の創設者でもある岩下鼎氏のご厚意により、目呂二関係の画像の使用許可をいただいた。これまで鮮明さを欠いていた縁福猫(痴娯の家タイプ)の正面画像も掲載できることになった。この場を借りてお礼申し上げます。

 なお、このコレクションは国内外の骨董蒐集家である岩下鼎氏の先代で無類の郷土玩具コレクターであった岩下祥児(岩下庄司)氏が頒布当時、目呂二夫妻から直接入手したという点でも価値があります。

 残念ながら、百猫は一括して撮影した画像でそれほどサイズも大きなものではないため小さな作品は不鮮明なところもあります。しかしこれだけ揃っているコレクションは他では見られないため、全体像を把握するための貴重な資料になると思われます。それに底には岩下祥児が書き込まれたと思われる産地が記入されているので、分類の上でもひじょうに参考になります。散逸してしまったのが惜しまれます。


         
                 @ずらりと揃った縁福猫(いわゆる芸者招き)と趣味の猫百種完品
    A趣味の猫百種 その1
    B趣味の猫百種 その2
    C保存状態はかなりよいようだ。
           
           D底には岩下祥児(岩下庄司)氏が書き込んだと思われる産地が記されている
     
      E他では見たことがないしゃもじ。書簡も残されていた



             
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