=^・^=今年も中野ひな市へ行く    2006年3月31日

 またまた今年も恒例の中野ひな市へ行ってきました。一昨年小当たり、昨年ははずれているので今年は当たりそうな気がします。
 低気圧が近づき、日本海側や北海道ではかなり雪が降っています。少し早めに出発し、金沢で加州猫寺の調査などをおこなう予定だったのですが、雪が心配なので出発を延期して2日間でひな市と京都に目標を絞り込みました。
 3月30日夜の10時過ぎに出発。出発前の情報では信州中野から先は滑り止めがないと通行できないとのことでしたが、実際に行ってみるとそれほど雪の心配はなかったのですが、情報通り信州中野から先は規制がかかっています。体調万全で挑んだので途中で眠気に襲われることなく休憩なしで中野に到着。雪はちらついていますが、星がみえているので一安心。いつもどおり市の駐車場で仮眠です。
 目が覚めるとやけに寒いのです。周りが真っ白。車のウィンドウは雪に覆われています。

              
              寒いはず  明け方はもっと雪が多かった。

        
        商工会議所は中央の通りトラックの向こう側   右手の山城屋前から後方に列が続く


今年の中野土びな展示即売会は次のような仕組みになっています。

日時 3月31日
抽選開始:10時   販売開始:11時
会場 中野商工会議所
整列場所:中央通り(商工会議所北)
即売方法 抽選により購入順番を決定
購入方法
整理券の配布
 10時までに指定場所に並んだ人に(中学生以上)に整理券を配布します。整理券の配布は午前8時30分からです。
抽選会
 整理券を持ち、かつ、午前10時までに並んだ方が抽選に参加できます。整理券を持っていても、抽選会場に並んでいないと抽選に参加できません。

 つまり10時までに並べばよいということです。整理券の番号は抽選の権利があるというだけでくじを引く順番ではありません。10時からの抽選にあらためて並んだ順にくじを引きます。抽選は予備抽選なしの1回で、引いた三角くじに入場のグループ番号とグループ内の番号か記してあります。グループごとに入場開始時刻もあらかじめ決められています。
 すでに列には徹夜時代の顔なじみも多数並んでいます。岐阜のNさんに富山で故渡辺さんの富山土人形の技術を継いで制作しているグループの方々を紹介していただきました。以前、「ねこれくと」を見てメールを頂いた方だったんですね。富山土人形工房からよりオリジナルに近い富山土人形の制作を目指し分かれたグループとのことです。

 今回は整理券をもらうと後は抽選時刻まで暇なのでまずは陣屋へ向かいます。陣屋の開館は10時からですが、建物には入れます。まだ係員が来ていないので特別展の会場には入れませんが、顔なじみが特別仕立ての監視員になって早めの開場です。今年の陣屋の特別展示は「お内裏さま展」です。

   
 臨時監視員  こちらも臨時監視員(右端)


 さて、10時になりいよいよ抽選会です。遅い時間に並んだ人はそのまま並んでいるのでけっこう列が長くなっています。
   2002年はずれ
   2003年大あたり(1グループ6番)
   2004年小あたり(10グループ16番)
   2005年はずれ
 とこれまで2勝2敗できているので、今年あたりは当たりそうな感じがします。昨年は考えすぎで失敗したので、今年は無心で引くことにしました。 

        
        抽選会
        後から見て気が付いたのだがくじを引いている集団が後述の「怪しい探検隊」


                   
     
 まあまあの結果です。「怪しい探検隊」の面々も順調に当たっているようです。
 販売は11時からなのでまだ少し時間があります。全国土人形即売会の会場を偵察に行きます。こちらも堤人形はすでに列ができています。
中野土びな即売会と全国土人形即売会の時間のかねあいが微妙なところです。なお、今年の全国土人形即売会は次のようになっています。

日時 3月31日正午〜午後8時
4月1日午前10時〜午後3時
会場 中野陣屋・県庁記念館前 柳並木通り
即売品 全国の土人形(数量未定)
 人気者の堤人形  猫かと思ったら犬だった 古型博多人形  恒例の奈良さんによる絵付け教室
 顔を描いてもらえることもある

 11時になり、いよいよ即売会です。昨年まではグループごとに一斉に入ったのですが、今年は混乱を避けるためグループ内でも番号順に10秒間隔で入場させました。これはなかなかいいアイデアです。
 温泉ざるがあったのですが、残念ながら1つ前に入場した親子に買われてしまいました。口上人形もめずらしく欲しかったのですが、干支を集めることに徹して今回は親子トラをゲット。

 結局「トラの親子」を入手  口上人形   これも欲しかったな  座布団付き招き猫は4体
 ふぐ乗り恵比寿  鯛持ちと達磨持ち恵比寿  西原さんの招き猫

西原邦男さんの追悼特別展
 今年の1月30日に立ヶ花人形の西原邦男さんが亡くなられました。昨年の3月に中野市無形文化財工芸技術保持者に認定されたばかりでした。以前から体調が悪いという話は聞いていましたが、まだ70歳という年齢は若すぎます。即売会の会場には西原さんの遺影と作品が何点か展示されていました。

        


珍品「ひょうたん招き」
  中野土人形を購入し、受け取りまではまだ時間があります。そこで腹ごしらえです。久しぶりにカツ丼を食べに金長食堂へ行きます。かつて徹夜で並んでいた頃利用していた食堂です。すでに中には常連さんが食事をしていました。いろいろと情報を得る中、レジに気になる人形が置いてありました。ひょうたんから猫が招いている土人形で奈良さんの作品です。これは初めて見るものです。何でも3体制作したものをいただいたのだそうです。テーブルの上に移動して撮影をさせていただきました。

    
 ひょうたん招き  ひょうたん招きの所有者、金長食堂  市内にあったアルバイト募集

 途中にある「養老乃瀧」では招き猫がアルバイトを募集していました。これは信州中野限定ポスターなのだろうか?

怪しい探検隊
 午前中岐阜のNさんの「西原さんのお宅へ行ってみませんか」との誘いに乗り、午後から富山土人形の一行の方々と一緒に立ヶ花の西原さん宅へ向かいました。「こんなところにあったのか!」と思うような、ふだん通過していた道から一歩入ったところにありました。知らなければここで土人形が制作されているとは気が付きません。
 残念ながら奥様は不在でした。制作期間が限定されているとはいえこんな簡単な窯であれだけの数の作品を生みだしていたのかと感慨ひとしお。裏は本業のりんご園が拡がっています。剪定され切り落とされたリンゴの枝も窯で利用されているのだそうです。

           
   西原さんの窯        西原さんの自宅わきりんご園
       切り落としたリンゴの枝が薪になるのだという

 残念ながら西原さんにはお会いできませんでしたが、それでは「奈良さん宅へ行ってみましょうか」ということで一本木の奈良さん宅へ押しかけていきました。ところが残念ながらこちらも奥様が不在です。=^・^=が3年程前に頼んだ招き猫がどうも作業場から離れた棚の上に上がってしまったという情報を得ていたので確認もしたかったのですが現状はわかりませんでした。
 玄関には信州中野土人形の看板とお詫びの張り紙。

 今年も三月末のひな市が近づき、ひな市出品の人形製作があるのですが、私も七〇代なかばと年をとってきてはかどりません。
ひな市以外の注文も沢山あるのですが、それ等は極力ひな市過ぎにして頂きたく大変勝手ですがどうかお願いしたく存じます。
何しろ最近体もだいぶくたびれてきてどうもいけません。このようなものネコのひげ一本人に手伝ってかいてもらう訳にいかず、
どうにもはかどらず。どうか今までのご注文出来るだけひな市以後にぜひおねがいしたく存じます。

とあります。もう何年も前から注文をさばききれず、パンク状態にあるのがわかります。

               
   奈良さん宅も訪ねたが残念ながら奥様不在
   張り紙を見る探検隊一行
           これが奈良さんの窯
           何か怪しい行動だ!

 西原さんと違い、奈良さんのお宅は住宅街の中にあります。従って窯もドラム缶型の金属製の窯です。西原さん以上に、ここからあの土人形達が生まれてくるとは想像出来ません。彩色を待っている私のネコは手紙で問い合わせることにしよう。

 さて、商工会議所に戻り、品物を受け取り、見学をしようとしたのですが、何と今回は一般公開するより受け取り(遠方の人は即日持ち帰れる)開始の時間の方が早いので人形がどんどんなくなっていってしまいました。公開時間になった頃にはメインとなるかなりの人形がすでに展示会場からなくなっていました。これは大問題です。入場できなかった人はどんな人形が出品されたかも知ることなく終わってしまいます。こんなことをしていては人形を買うため並んで、抽選に当たった人だけのひな市になってしまいます。少なくとも全作品が揃った状態で今までのように短時間でも見学できる配慮が欲しいものです。混乱を防ぐということがあったようですが、「土人形の里」を売りものにしているなら来年はぜひ改善してもらいたいものです。
 展示見学は公式には次のようになっています。

中野土人形(奈良家「中野人形」・西原家「立ケ花人形」)の抽選販売終了後、即売した土人形は引き続き会場内に展示しておりますので、自由に見学することができます。(見学のみです)

日時 3月31日午後2時〜午後8時
4月1日午前10時〜午後5時
会場 中野商工会議所
展示品 抽選販売した土人形

 街中はだんだん夜に向けてお祭りの準備が進んでいきます。次の目的地があるので土びな資料館を見学して出発準備です。
 館長さんは不在でした。ここでも西原邦男さんの追悼展示を行っています。

 祭りの準備の商工会議所前
 土人形資料館でも追悼展


 今回の企画展は鹿野コレクション受贈記念の小幡土人形展です。土人形資料館が寄贈を受けた251点の作品を展示しています。すべて先代細居文蔵氏作の作品です。数多くの作品と色紙や資料が同時に展示してあり、参考になります。また入館時にもらえるパンフレットには寄贈リストとサイズが記されています。
 そういえば先代の招き猫にはうすい青緑色の招き猫があります。なぜそのような色をしているのか不思議です。現在の九代目細居源吾氏の作品にはないようです。一度お会いしたらぜひ伺ってみようと以前から思っているのですが、アポなし訪問ではいつも不在で空振りでした。

               先代の作品に薄青緑色の招き猫があるがどうしてこのような色をしているのだろうか。
 小幡人形は実に種類が豊富  あの大型招き猫がない!

 常設展示の第三展示場がかなりリニューアルされていました。ところで去年あった奈良さん彩色の大型の招き猫がありません。どこへ行ってしまったのだろう?館長さんが不在だったので真相は不明でした。

 さて、あわただしく一日が過ぎていき、恒例「ぽんぽこの湯」で一汗流し、次の目的地へ向かうのでした。

            
            「ぽんぽこの湯」から見た中野の町明かり



            オプション調査(旅行) (2006年4月1日)

 次の目的地は京都

 今日との目的は骨董市と男山八幡の諸玩具作者訪問、それに流れ橋です。「山崎の猪」も再度行ってみたかったのですが、これは時間切れ。
 パルスプラザで開催される京都大骨董市は関西ならではの人形がけっこう出てきます。今回は会場前に行ったので近い駐車場にはいることができました。開場と共にまずは一回り。欲しいものが何点かありましたが、結局値段との折り合いで今回は収穫なし。ねこを買いあさっている女性を一人見かけました。      

         
       パルスプラザ前では桜がきれい    京都大骨董市会場

 次の目的地は男山八幡です。パルスプラザの周辺の道路脇にお弁当売りの車が何台か停まっています。のぞいてみると飲み物付きで500円と安いので、買って男山山頂で昼食ということにしました。

 さて男山の駐車場に車を止めると駐車料金1回1000円。交通安全のステッカー付きだがちょっと高い。安く上げるならやはり駅近くの市営駐車場だ。まずはロープウェイ駅まで散策。頓宮南門を抜け、放生池を見ると遠くで猫が池の魚をねらっています。帰りも別の猫がのんびり毛繕いをしていたので、人が入ってこないこの場所は猫にとってよっぽどのんびりする場所なのでしょう。
 駅前にはエジソンが目立ちます。もちろんあの発明王のエジソンです。エジソンの胸像やエジソン通りといろいろなところに名前が登場します。

 ステッカー付き1000円の駐車代
  放生池の猫   駅前 エジソンの胸像   エジソン通り
 男山ケーブル駅  電球型の握り棒  山頂駅までアッという間に着く

 まずはさっき買った弁当が邪魔なので、休憩所付近のベンチで昼食となります。平日なので人出はそれほど多くはないのですが、花見シーズン(ちょっとまだ早い)ということもあり、そこそこの人出です。
 最初に本宮参拝。やはり時間に余裕があると違います。社務所にエジソン絵馬があることは知りませんでした。1000円とこれも高いのですが、竹でできた絵馬であることを考えると何となく納得させられてしまいます。戦前はエジソンの記念碑を境内の敷地に建てることが許可されなかった(エジソンが米国人であったこととは関係ないようだ)そうですが、戦後はそれも許可され現在はエジソンが絵馬にまで利用されてしまっています。時代が変われば認識も変わるものです。
 いつもは時間が遅いので表参道から下りていましたが、今回は裏参道から下山します。途中にある石清水社に寄るのも目的です。
 岩清水八幡宮の名称のもとになっているわき水の井戸がありますが、意外と小さな社です。屋根には桃がのっています。これは以前に山形張り子の件で書いたように、魔除けの意味があるのではないでしょうか。

 参道   本宮  エジソン記念碑
 竹製のエジソン絵馬   石清水社   屋根に桃

 さらに下っていくと、松花堂昭乗(1584?〜1639)が営んだ「松花堂」という方丈の建っていた跡地や僧坊、園池、井泉などの遺構が存在します。松花堂の客殿は、明治元年の「神仏分離」後もしばらくは男山に残っていましたが、明治7年頃、坊舎の撤去命令が下り撤去されたそうです。その後、大正7年、昭乗の菩提寺〈泰勝寺〉が建立され、昭乗を偲ぶ茶会が催された際に、寺で昭乗が愛用していた田字形に仕切られた絵具箱と同じ型の木箱に精進料理を盛り付けてこれを茶席での食事としました。これが今に伝わる「松花堂弁当」の起こりであるといわれているそうです。ここがあの松花堂弁当の名前の起こりとは知りませんでした。

  松花堂跡の遺構   「旧跡かげきよ」と手水鉢
  僧坊の跡など多数の遺構が残っている
  こんな神社が

 駐車場まで戻ってきました。次の目的地は今回のメインの男山八幡の簪作者の関係者と思われる方を訪問することです。しかし残念ながらその住所の場所を探してもそれらしいお宅はありません。住所も位置も確認してあったので間違いないと思っていたのですが今回は空振りでした。駐車場前(内)にある高良神社の頓宮勤番所で男山の簪のことを聞くと、「3〜4年前までこの場所で売っていたというのです」。こちらで聞いたいた情報ではずいぶん前に廃絶していたはずでしたが、どうもごく最近まで祭礼で売られていたようです。残念ながらこちらがつかんでいたお名前の方とは異なりましたが、その最近まで売っていたという方も亡くなられて、現在では売られていないとのことでした。3〜4年前といえば、初めて石清水八幡宮を訪れた時より後です。当時情報を得ていればと思うと残念です。

 探し回っている途中で「飛行神社」という不思議な神社を見かけました。ジュラルミンの鳥居に神社らしくない展示物。見かけも神社らしくありません。今回は外観だけ撮影して戻ってきましたが、帰宅してから調べてみるとなかなかおもしろい神社であることがわかりました。

飛行神社は
 大
正4年(1915)二宮忠八が自邸内に世界中の航空殉難者の霊を祀るために創始した。
 二宮忠八(1866-1915) は、わが国初の飛行機発明者で、日本航空界の先駆者である。明治24年にゴム動力によるプロペラ式の模型飛行機を発明した。プロペラ式の模型飛行機としては世界初であった。さらに工夫を重ねて、人を乗せて飛べる飛行機の模型を完成させたが、動力部分は個人の努力と資金だけでは限界があったので、当時の軍部に協力を求めたが相手にされなかった。独力で完成を目指した忠八は、資金を調達し、飛行機研究に打ち込んだが、設計図はすでに完成していたのに、明治36年世界初の有人飛行はアメリカのライト兄弟によって先を越されてしまった。それ以後、忠八は飛行機制作を断念したが、あいつぐ飛行機墜落事故を聞き、航空事故の防止・犠牲者の冥福を祈るため私財を投じて神社を建設した。それが日本初の航空関係神社である「飛行神社」であった。


 最後は流れ橋の撮影です。前回来たときには暗くなってしまい、場所の確認できませんでした。ここも石清水八幡宮へ最初に来たときに同時に訪問しています。
              拡大する
  欄干は一切ない

 流れ橋とは木津川に架かる八幡市と久御山町を結ぶ上津屋橋の通称です。全長は約356.5mあり、昭和26年に架けられました。当時永久橋を架ける予算がなく、かといって普通の木造橋では増水の度に流されてしまうということで、増水して橋板まで水に浸かると橋板が自然に浮かび、八つに分割してワイヤーで繋がれた橋板が吹き流しのように流れる「流れ橋」がつくられました。水が引いてからワイヤーを引っ張り橋板をもとのように載せれば橋が復活します。この付近一帯は木津川の河原が広がり、橋をバックに時代劇のロケーション等に利用されていることが多いとのことです。

 橋の上はこんな感じ  橋板の部分が流れる  橋板はワイヤーでつながれている

 地元の人には申し訳ないが、橋が流れたら、ぜひ見に行きたいと思っている。しかしなかなか流れない。この前は流れるというより壊れたらしい。(これもめずらしいかもしれない)。
 橋詰めには藤田まことの寄贈した小さな碑があった。きっとここで撮影をしたのだろう。

 少し暗くなってきた。明日は仕事だ。そろそろ帰るとしよう。