=^・^=豪徳寺へ行く  2004年1月3日訪問

 久しく豪徳寺へは行っていませんでした。ちょうどよいチャンスだったので初詣がてら、ぶらぶらしてくることにしました。豪徳寺は招き猫ファンにとっては招き猫発祥伝説の一つとして有名すぎるほどのお寺で、大渓山豪徳寺(だいけいざん ごうとくじ)といいます。
 豪徳寺=招き猫というほど現在ではその結びつきが強くなっています。最寄り駅や公園の案内表示にも猫が使われています。この豪徳寺、歴代住職はすべてネコ好きというわけではなく、猫が嫌いでけっこう邪険に扱われていたときもあると聞いています。
 それはさておき、豪徳寺は世田谷線宮の坂駅から歩いてすぐの所にあります。豪徳寺という駅もありますが、寺からは少し離れてしまいます。世田谷のボロ市に行くときは豪徳寺駅の方がよいのですが。車でも行けますが、よく知らないと豪徳寺の参拝者用駐車場への入り方がなかなかわからないでしょう。
 やはり正月ともなると人出が多くなります。よく整備された参道を行くと正面に豪徳寺の総門があります。本来の総門は参道の入り口にあり、この位置には山門があったそうです。総門の正面には仏堂が見えますが、この時期はその手前の香炉のあたりに招福猫児(まねぎねこ)などを扱うテントが立てられています。目的の招福観音堂は仏堂の左手にあります。まずは招き猫伝説の主役となっている井伊家の墓のある一番奥までお参りに行って、目的の招き猫参りです。

   
 最寄り駅の世田谷線宮の坂  豪徳寺参道  豪徳寺総門「碧雲関」  仏堂前
   
 本堂  やはり招き猫が売り  

 いよいよ目的の招福観音堂です。残念ながら観音堂自体は開放されていませんのでガラス越しにのぞき込むだけです。招き猫が奉納されている中、2枚の古そうな絵が目を引きます。ひとつは招き猫本などでも紹介されている招き猫の(板)絵です。もう一枚はとなりの次の間のような所にあり、昭和三十一年七月吉日の奉納年がある色紙です。奉納社の住所を見ると地元の方が奉納したようです。この時期は旧観音堂に奉納されていた絵馬額が終了した後の時期ではないかと思います。

 木彫の招き猫で知られる風天かいちさんは宮大工をしていた父親の関係でこの豪徳寺境内に子供の頃住んでいたことはいろいろなところで紹介されています。ちょうど今の観音堂あたりに住居があり、当時の観音堂はもう少し奥にあったということです。副業で奉納される招き猫の絵馬額(板絵)や戦後の一時期木彫りの招き猫を制作されていたことなどは「招き猫の文化誌」(菊地真・日本招き猫倶楽部 勉誠出版 2001)に詳しく紹介されています。
 絵馬額自体は「招猫画報」(荒俣宏監修・日本招き猫倶楽部編 AG出版 1997)に掲載されています。これによれば絵馬額にある奉納年は昭和19年から28年まで読み取れるということです。風天さんの家族は昭和25年まで11年間当地に住んでいたとのことですので、まさに年代的には同時代ということになります。一体いつ頃まで絵馬額が作られたのか、今度お会いしたときに伺ってみようと思います。

 
観音堂山門  観音堂
 
 奉納された色紙(昭和31年)  観音堂脇の絵馬奉納所  奉納された絵馬



おまけ画像

 
 かなり前に買ったもの(今と同じ)  これは現在見かけない
  おまけ画像
 これら5枚の画像は今年のものではありません。左上の絵馬は現在のものと同じです。中央上の絵馬は現在は見かけません。御札と同じような図柄で蓮の台座を招福猫児が支えています。
 なお、これと同じ図柄でもう少し小型の将棋の駒のような形(おみやげの通行手形のような形)の絵馬もありました。
 御札では観音菩薩の蓮の台座の下に招福猫児が描かれています。
御札

 観音堂の左手奥に招福猫児奉納所があります。やはりこの時期だけに役目を終えた招き猫が溢れんばかりにひしめき合って壮観です。訪問する時期によっては数が寂しいときもあります。奉納所の左側には猫塚があります。
 ほとんどの招福猫児は比較的新しい瀬戸製のものです。それでも裏に年月日の書いてあるものを見ると10年くらい前のものもあります。所々に古い多治見製の招福猫児も混ざっています。以前は高崎産もあったのですが今回は見かけません。

 奉納所  置く場所がないほどの招き猫群  古い多治見製(右端・他)も混ざっている
 六原張り子のジョジョ猫もいた  後ろ姿もなかなか
 自作招き猫も


 仏堂前のテントでは招福猫児を売っています。一番小さいのは豆で順に2号、3号、5号、6号、7号、たぶん8号、尺の8種類があります。4号は欠番で写真では見えないのですが、たぶん9号も欠番ではないかと思います。テント奥、ちょうど招福観音堂の前に当たるところには三重の塔の建立が予定されています。

御札授与所  三重の塔予定地  豆から尺まで8種類
 門前の花屋
「山崎商店」(写真右)
 山崎商店の看板

 門前の花屋「山崎商店」は招福猫児の豪徳寺指定販売所になっています。ここでも招福猫児を手に入れることができます。多治見時代は結構同じ号数でも大きさが異なりました。当時は号数によってはっきり大きさが決まっていなかったため、そのようなことになってしまったのだそうです。今の瀬戸製になってからはきちんと決められているそうです。現在、この花屋には招福猫児と同じような白猫がいるのですが、動き回ってなかなか写真を撮らせてくれず、ついに撮影しそこなってしまいました。かなり前に行ったときには赤トラの猫がおとなしく昼寝をしていたので簡単に撮影できたのですが・・・・。
 
 久しぶりの豪徳寺も冬の日が傾き、寒くなってきました。また今度ゆっくり来ることにしよう。