静岡張子  

静岡張り子
 種類:紙張子
 制作地:静岡県静岡市梅屋町
 現制作者:沢屋(2014年廃業)
    杉本嘉助(初代 1816-1902)・・・杉本傳之助(2代目 1853-1919)・・・杉本重樹(3代目 1886-1969)・・・杉本栄司(4代目 1926-2014)

 4代目杉本栄司が2014年に亡くなり(享年88歳)、沢屋は廃業し、静岡張子は廃絶した。
 静岡張子(沢屋)に関しては「静岡張子(日本雪だるまの会)」が詳しい。残念ながら冊子中に招き猫の画像はないが、解説中に張子の招き猫があったことは記されている。
 沢屋では張子の招き猫以外にも戦前にごく少数練り物の招き猫も制作したようである。また首人形を制作していた時期もある。首人形の中に猫があったかは不明である。

 戦前は張子、面、縁起物などを盛んに製作しており、型も多数あったが、1940年(昭和15年)1月の静岡大火と1945年(昭和20年)6月の空襲で型はすべて失われ、静岡張り子は廃絶の危機に瀕した。戦後復員した栄司や郷土玩具研究家の援助もあり少しずつ静岡張子は復活してきた。
 手元にある平成初期ころと思われるしおりには「達磨」、「祝鯛」、「軍配」、「ダルマ抱き小僧」、「狆」、「面」、「首振り虎」、「犬張子」が見られる。

静岡張子のしおり1
静岡張子のしおり2

現物はしおり1と2、つながりの1枚もの
平成初期ころのもので当時復活できていた張り子は
このしおりにあるものがすべてと思われる。



 残念ながら静岡張子の招き猫は「静岡張子(2016)」にも掲載されていない。また他の書籍でも確認できていない。戦前に型が失われ戦後はダルマや祝鯛など主力製品でさえ復活まで年月を要していたので、招き猫や猫面の復活まではできなかったようである。
 「静岡張子(2016)」に掲載されている戦前の猫面を日本雪だるまの会の承諾を得たので掲載しておく。
       

戦前に制作された猫面

かなりリアルな表情の猫面である

 こちらの猫面は虎顔である。

猫面はいずれも
静岡張子(日本雪だるまの会、2016)より
日本雪だるまの会の承諾を得て掲載
沢屋では御縁起(ごえんぎ)と呼ばれる縁起物も制作していた。
これはえびす講で売られている赤い紙を巻いた竹の枝に
いろいろな張子製の縁起物を下げた吊るし物である。
これ以外に正月に売られた繭玉がある。
これは張子製の縁起物に糸を付けたもので
持ち帰って柳の枝に吊して繭玉として飾った。
どちらも静岡張子(2016)に画像があるが、
吊るしものの縁起物の中に招き猫は見られない。
   


右の画像の招き猫は静岡土人形(川島家)だが
沢屋では首人形も作っていた。
首人形の中に狐か猫がある(おそらく狐)が
どちらかはわからない。
画像の首人形は
いちろんさん、沢屋、川島家などで
制作されたがいずれであるかはわからない。
(いちろんさんの可能性が高い)

ねこ(木村喜久弥、1958 法政大学出版局)
出版社の承諾を得て掲載
静岡の招き猫(川島家)と首人形の猫

戦前に制作された狆(左)と
「日本雪だるまの会が制作した木型を元に
杉本栄司が復活させた狆(右)
復活したのは1979年(昭和54年)のことだった。
とぼけた顔が愛らしい。

静岡張子(日本雪だるまの会、2016)より
日本雪だるまの会の承諾を得て掲載


 廃業になってかなり早い時期に店舗は取り壊されてしまった。
 まだストリートビューで見ることができた(2020年7月現在)ので画像を掲載しておく。
 間口は狭いがL字形になった敷地は奥行きがあったようだ。 

 ストリートビューで見た沢屋は記憶にあった店のイメージより小さかった。
作業場・住居を兼ねた家屋はL字型で奥行きがあった。 
いずれストリートビューでも見ることができなくなるはずなのでここに記録として残しておく。
いずれの画像も
  Googleマップのストリートビューより  


営業していたころ 
2012年5月  
閉店後
まだ看板はある
2014年9月  
廃業後
家屋が解体されて
更地になった
2015年1月  



 残念ながら作り手を失った静岡張子は廃絶した。しかし型などはしっかり保管されているという。




参考文献
ねこ(木村喜久弥、1958 法政大学出版局)
郷土玩具1 紙(牧野玩太郎・福田年行編著、1971 読売新聞社)
日本郷土玩具 東の部(武井武雄、1930 地平社書房)
「鯛車 猫」(鈴木常雄、1972 私家版)
郷土玩具図説第七巻(鈴木常雄、1988覆刻 村田書店)
全国郷土玩具ガイド2(畑野栄三、1992 婦女界出版社)
静岡張子(日本雪だるまの会、2016)